2006年01月28日

歯医者。

歯医者に行きました。
今日は虫歯になった親知らずを抜くことになってました。
抜歯というと、あまりいい思い出はなくて、
結構前に抜歯をした某歯科大付属病院では、
親知らず一本抜くのに、助手に加えて先生が3人がかりで
これ以上開かないっちゅうくらいしゅんすけの口をこじ開けて、
麻酔が効いているとは言え、歯茎の中で歯が粉砕されていく嫌な感触を
味わいながら、1時間の死闘を繰り広げられ、
歯医者も頑張っただろうけど、何をやられてるか分からないしゅんすけだって
精神的にかなり頑張ったわけで、へとへとになった覚えがある。
あれは、嫌な思い出だった。
歯茎の中で粉砕される歯のピシッ、メキッっていう感触は、
今での背中が寒くなる。

今回の抜歯も、覚悟を決めていた。
歯医者は、こういう場合大抵「はーい、大丈夫デスヨー」とか言いながら
全然大丈夫じゃない治療を展開するものだから。
朝食にはわざと硬いシリアルなんか食べちゃって、
この歯との最後の晩餐(朝食だって)。
いざ、まな板の鯉状態で乗った診察台で、しゅんすけの抜歯が始まったのでした。

・・・結局。
全く問題なかった。イッツノープロブレム=それは無問題。
麻酔のチクッには慣れたけど、今回はかなり広範囲に麻酔され、
それは多分歯のかなり根元部分にも麻酔しないといけないからなんだろうけど、
それ以降は何ら問題なかった。
前回同様、処置中に口を開けながら、別のこと考えちゃったくらい。
いつ歯茎の中でメキッって言うか恐々としていたけど、結局そういうことはなかった。
いや、歯科技術の進歩とは、目覚しいものである。

ただ、今日の処置で分かったけど、しゅんすけの快適歯科治療は
技術的進歩によるものだけではないね。
歯医者のちょっとした心遣いが、しゅんすけの緊張というか、
精神的疲労を軽減していたんだと思う。
例えば、抜歯して、歯茎の穴を塞ぐために歯茎を縫い合わせるんだけど、
その際使用した糸にそういう心遣いが見えた。
当然長い糸を使うから、一部が顔に触れたり、舌に触れたりするんだけど、
まさに針を歯茎に通して縫い合わせて糸を引く瞬間、
触れている糸をすべて持ち上げる。
つまり、顔に触れている糸がまさに歯茎を縫い合わせてるかごとく、
顔を移動していく感触を味わわせないようにしているんだよね。
歯茎は麻酔が効いてるから、何の感触もないわけで、
縫い合わせているのは分かってても、今まさにどんな処置がされているかを
患者に悟らせないような配慮が見えた。
しゅんすけのように気の弱い患者は、顔を糸が伝っていくだけで、
ぐおおー歯茎が縫われているーと、背中に妙に力が入って、
嫌な汗が流れてくるんだけど、こういうトコにも気を配れるのはスゴイと思うわけよ。

虫歯治療は痛くてもしょうがないものだという認識が、
麻酔の登場によって、痛くない治療となり、歯医者の心遣いが
快適な治療へと昇華していく。
これは、この歯医者個人の技量と心遣いなのか、
それとも歯科業界のトレンドなのか。
しゅんすけは、この歯医者の技量であると思いたい。
何故なら、待合室においてある漫画がブラック・ジャックだから。
法外な高額治療費を請求しつつも、神業的な技術で難病も治してしまうブラック・ジャックに
歯医者の心意気を感じたというか。
歯科医療のブラック・ジャックになりたいという彼の気持ち、
しゅんすけにはちゃんと伝わってっからなー。
(でも、モグリはイカンよ。あと高額請求も。あくまで保険の範囲内でね)
しゅんすけの歯科治療は、来週も続く。
posted by しゅんすけ at 12:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月21日

読書感想文。

「博士の愛した数式」を読みました。
決定しました。今年最高の本です。まだ1月ですが、もう決定しちゃいます。
そのくらい素晴らしい本でした。
ストーリーとかよりも、何より数学を文学で表現し、
その素晴らしさを100%表現できていることに感動した。

物語がとにかく優しさ、温かさに包まれているんだよね。
数学という一見感情の入り込めない世界と人と人を繋ぐ友愛の温かさの融合に、
とにかく胸の温まる思いがするし、
博士の置かれた哀しい状況に、切ないような哀しいような感情にはならず、
逆に前向きな温かさを感じてしまうのは、作家の能力の賜物ってヤツだろうか。
読後になんか気分いいんだよね。
爽快、というのとは違うけど、なんかスッキリするというか。
推理小説でストーリーのロジックがスッキリ通った時のスッキリとは違って、
優しい温かさ、慈愛のフィルターを通したスッキリ感というのかね。
しゅんすけにはあまり芽生えなかった感情だけど、
とにかく気持ちいい話しでした。

それにしても、数学の世界と慈しみの世界を両立させるこの作家の
度量ってのはスゴイっすよ。
しゅんすけもここ何年か、日記書いたりしてて、
「お、この表現はなかなかいいぞ」とか思ったりしたこともあったけどね、
職業作家の能力にはもう全然敵いませんがな。
数学者が追い求めているモノを、文学的ビジュアル感で表現できているのが
すごい。どこかで読んだことのある言い回しだったりするんだけど、
(有名な数学者の言葉の引用とかね)
それを独自の言葉で繋いで、より分かりやすく、
まるで目の前に情景が広がっていくかのように書けるんだから、スゴイ。
数学はニンゲンがこの世に生まれる前から、いやもっと言えば
宇宙が誕生した時から、この宇宙に存在しているもので、
まさに神様がこの世を作ったレシピなわけよね。
数学者は、神様のレシピ帳に書かれていることを、
ちょっと書き写させてもらうような存在。
いや、神様のレシピ帳に書かれたこれ以上ないエレガントな表現ではなく、
料理を見てレシピを想像するようなものなのかもしれないけどね。
真理というレシピを追い求めつつ、真理の前では謙虚さを失わない数学者の
姿がそこに表現されているわけなのでした。

この小説のスゴイところは、数学の世界と文学の世界を繋ぐかのように
見えて、実は完全には接続・融合させていないトコロ。
この小説では、文学と数学は完全には融合してない。
だから、この小説を読んでも、数学のことで知識が深まったりしない。
フェルマーの最終定理について書かれてはいるけど、
その命題が秘める力と解決に辿り着くまでのドラマには言及がない。
でも、こんな素晴らしい数学の世界が、
ほとんど知られないまま本屋の棚にひっそり収まっているんだよって
教えてくれる。読者の何人かは、本屋の数学書コーナーに行き、
数学の本に触れ、新しい世界の広がりを知ることになるかもしれない。
つまり、全部を公開しないで、読者に調べさせることも想定しているのだ。
もちろん、数学的素養がなくても、全然感動できるんだけど、
博士と義姉との間に交わされるオイラーの定理の秘密が知りたくて、
本屋に行って調べちゃったもんね。
(ウィキペディアの方が的を得た回答が載ってましたが)
そういう読者操作をするのが憎らしくも、
真に伝えたいことってそういうことなんだ、と思わせる。
数学の真理探究って、広大な数の砂漠でオアシスを求めて彷徨うようなもので、
時にオアシスと思って近づくと蜃気楼だったり、すでに枯れていたりするんだよね。
そんな中で、こんこんと水を湛える泉があることを信じて、
ほとんど手探りで前に進んでいくわけだ。
小説の中で数学的問題に完全に解答を示さないことが
まさに小説で伝えたいことのひとつである数学の探求を実感させることへ
繋がっているなんて、ホント憎らしくもスゴイ演出力だ。

ちなみに、作者が参考にした数学文献のうちのひとつは
しゅんすけが絶賛してやまない「フェルマーの最終定理」でした。
参考にしたエルデシュの本も読了済だけど、博士の人柄とはちょっと違ったかな。
 

んで、ここまで読んでくれた方だけに告白。
しゅんすけ、この小説読んで泣きました。
すみません、ワンワン泣きました。犬じゃありません。
ちょっと泣きたい気分だったのは確かですが、感情を大きく突き動かされたというより
ニンゲンの温かさが最後まで貫かれてて、とても優しい気持ちのまま
最後まで読了できて、安心したという方が合ってるかもしれないけどね。
感動できる作品には違いないです。
今年一番の作品です。いや、作家の能力をまざまざと見せ付けられた辺り、
ここ2、3年では最高の本だったと言っていいと思います。
この本読んだら、より深く理解するために、数学の本を読むのもオススメです。

いや、マジでスゴイっす。
しゅんすけもまだ感動の渦が消えてないから、
表現がかなり甘いんだけどね。
posted by しゅんすけ at 16:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月17日

読書感想文。

「モーダルな事象」を読みました。
結構厚手な本だったけど、こういう推理モノは遅読なしゅんすけでも
がんがん読めちゃうもので、正味10日くらいで読破できたかな。
この作家さんは以前「鳥類学者のファンタジア」って本を読んだことがあって
これがなかなか面白かったから、この作家の本が他に読みたくて
実は本屋でかなり探して手に入れたモノだったんだよね。
しかも本人、ジャズを嗜むそうで、その辺の感覚を生かして書かれた文章は
しゅんすけの琴線を響かせるのでした。

んで、第2弾の今回の作品。
総じて満足な作品で、面白かった。
それにしても、厚い本だったな。展開も何となく冗長な感じでしたね。
ここまで長い意味はあるのだろうか?
いや、結果的にかなり複雑な事件の真相を理解させるためには、
解説する必要があるわけで、ただの解説では物語のテンポを狂わせるから、
事件を客観的に探る人物を用意して彼らにああだこうだ推理させながら、
途中全く別の推理へ読者を誘導しつつ、複雑な相関関係を伝えるという意味もあって
事件とはほとんど関係ない元夫婦刑事なる二人が、
自身の微妙な関係を展開させながらも、物語の真相の解説役を担ってたから、
こういう冗長さも意味はあったんだろうけどね。
ただ、しゅんすけがそういう邪推をするくらいまで
このストーリーのプロットは複雑だったのだろうかとも思うし
演出の効果は別としても、もっと短くても良かったんじゃないかとも思う。

物語のキーとなるアトランティスのコインを巡って、
何人もの登場人物の思惑が交錯するというのは、
果たして意味があったのだろうか。
多すぎる登場人物が話しをややこしくしている気がしなくもないわけで。
どこかの書評にもあったけど、長くしようとして長くしているのではないかとさえ
思ってしまうのでした。

ま、主人公と思しき大学教授は、アクティブに事件に関わるというよりも
意図しないところで巻き込まれ、ただただ翻弄されるだけの役のようだから
主人公をこうと決めてしまった以上、他にも登場人物を出して
フォローせなイカンというのも分かるんだけどね。
この教授が最後にこの作品のテーマらしき展開に流されていくんだけど、
このテーマを匂わすクダリも何となく取って付けたような印象があってね。

前回読んだ作品では、薄くないその本の厚さに、
計算されたプロットが、どこか作為的な匂いも残しつつ
(語り手の好みとか私見とかのニンゲン臭い表現も織り交ぜて)
どうなるか分からない展開にも、明確な方向性を持って、
話しが展開するんだけど、今回の作品では
主人公たる教授の視点と解説者たる元夫婦刑事の視点が
行ったり来たりして、展開が不透明に感じる部分もあった。
読者の視点を大事に描写しているのが分かるだけに、
話しの展開を見失うしゅんすけに読解力がないだけかも知れんけど、
気になった。
あと、もう一回読んでみようという気が起きないほどの厚さはどうかと
思うよ。いや、厚さのせいじゃないか。京極夏彦の分厚い本は
2度3度と読み返してるしな。

本の厚さと言えば、この本、新書サイズなんだけど、製本が粗過ぎる。
天地側面の三方断裁は製本の基本ですが、
上方断裁がされていないのかしないのか、折が揃ってない。
もっというと、綴じ部分の糊付けも雑。糊がハミ出てるがな。
(やっぱり上方断裁してないのでは)
こんな製本だったら、そのうち本が壊れて、バラバラになっちゃうじゃんね。
天下の○日○印刷が何やってんだか。

いろいろ書いたけど、冒頭書いたとおり、面白い作品なので、
オススメです。

ちなみに、以前しゅんすけが読んだ「鳥類学者のファンタジア」に
登場する人物や事柄が、今回の作品にも登場してるんだけど、
複数の作品に登場するどこかで相関関係のある人物同士が、
互いに知らぬままに同じ事柄を巡って、
それぞれの作品の中でそれぞれの事件(?)に巻き込まれるってのは
面白いよね。(予定調和だけどエンタテイメントということで)
そう思うと、今回の作品がやけに冗長で、登場人物が多い辺り
今後の作品にも何らかの関与があるのかもしれないね。
※もちろんそれぞれの作品を個別に楽しめるようになってますが、
他の作品にも登場する人物がここでも登場してくれて、
しれっと書かれた行間にこうした演出にニンマリする作者が想像できるというか。

ちなみに、「鳥類学者の〜」では、ジャズピアニストの主人公の
エキサイトな演奏を文章に起こすという一見不可能な表現に挑戦し、
音楽のスピード感を見事に文章で表現できてて、
本を読みながらステージに立ってるような錯覚すら起こさせる秀逸な
表現力を発揮してるのが、この作家の真骨頂というか、
しゅんすけが好きである理由のひとつだったんだけど、
今回の主人公がジャズヴォーカリストということもあってか
演奏場面の記述がなくて、ちょっと残念でした。

また、他の作品も読んでみたいね。
posted by しゅんすけ at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月16日

チンク入院な日曜日。

先週辺りから、チンクの室内でヒーターつけていると、
どうもオイルの臭いが漂ってくる。
もともと独特の匂いのあるクルマだったけど、
これはやはり何か変調を来たしたと想像され、
後ろのエンジンルームを開けてみると、
案の定、何やらオイルが飛び散っておりました。
あら?エンジンオイルが漏れたかな?
とは言え、走りに異常が見られなかったので、
緊急性はないと判断。今週チンク屋に電話して
見てもらうことにしました。

チンク屋でエンジンルームを覗き込んだ社長さんは
ちょっと呆れてたかな。
いや、別にしゅんすけを責めることないじゃん。
さすがにこれはしゅんすけのメンテ不足じゃないぞ。
しかも、ちょっとブレーキに違和感を感じてたのを話したら、
ブレーキ部分にも不具合があるらしく、結局こっちの方が
問題がでかいということで、入院と相成った。
ついこの間、ブレーキ関係で入院したばかりなのに、これだもんな。
いや、お金がかかるのはある程度覚悟してたけど、
これがいきなり発生するのは、いただけない。

春にもなんかイベントがあるらしく、秋のチンク祭に参加できなかったから
ぜひ参加したいけど、難しくなってきたかな・・・。

本を買う必要があったので、伊勢崎町お有隣堂に行き、本を購入して
エクセシオールカフェでお気に入りのメープルラテを飲みながら、
現在読んでいる本の続きを読むうちに、うとうとしてきて、
1時間半ほどいた中で半分くらいはまどろんでたんじゃないかと思う。
いや、ココってさ、コーヒーもうまいけど、何より一人掛け用のソファが
いいんだよね。これはもう殺人的な快適さ。
この包まれてるような感覚がいいのかもしれないけど、長いこと座ってても
全然お尻が痛くならないしね。
(1時間半座ってても平気ということは、少なくともJR東海道線で
沼津から戸塚に向かうリクライニング・シートの車両よりも快適ということなわけで
こういう椅子が電車とか飛行機にあったら、最高なのにね)
ちなみに、しゅんすけが通うジム内の更衣スペースにも、
この手の籐家具風のソファがあって、運動して風呂から上がってきて、
ここに座って、コーヒー牛乳(やはり風呂上りはコーヒー牛乳でしょ)を飲むと、
糖分が補給されるからなのか、うとうとしてしまうのでした。
こうして書くと、しゅんすけの週末は、うとうとが多いのかな。
posted by しゅんすけ at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月15日

キル・ビルを観た。

昼過ぎくらいから降り出した雨が大雨になっちゃいました。
歯医者に行った時に、傘持ってなかったので、かなりズブ濡れになっちゃいました。
ジム帰りのさきこを拾うついでに、映画でも借りてきて観ようということになり、
なーんも考えずに見れる映画ってことで、「キル・ビル」を
借りてきて観てみた。

あ・・・、やっぱ止めておけば良かった。
上映時から話題になってたので気になってはいたんだけど
何の予備知識もなく観たもんだから、意外な展開に唖然とするばかり。
映像的には、いろんな映画のパロディだったり、オマージュだったり
どうも日本のトラディショナルなヤクザ映画から
いろいろ引っ張ってきてるようで、分かる人には分かるネタがテンコ盛りらしいのですが、
キツいブラックユーモアを善しとしないしゅんすけにとっては、楽しめる映画ではなかったな。
ヤクザ映画なんか、まったく観ないあおき家には「???」でした。
正直、冷めちゃったというか引いちゃった。

もうキル・ビルのシリーズは観ないということを勉強させてもらったってことだね。
posted by しゅんすけ at 01:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画鑑賞文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

歯痛再発。

去年沼津に単身赴任している時に虫歯が痛み出して
沼津の歯医者に行って、とりあえず痛いトコが治ったので
そのまま他の虫歯を放置してたら、最近になってそこが痛み出した。
年末年始でバタバタしてて、気がつくと痛みも気にならなくなってたから
そのまま正月を越してしまったんだけど、
どうも最近気になってしょうがなくなって、観念して歯医者に行くことにした。

それにしても、ツボなどを押していると、
とりあえず痛みが消えるから不思議なものである。
脳内麻薬のエンドルフィンの為せる業なんだけど、
近頃はエンドルフィンに頼りっきりで、
気がつくと顔のツボをグリグリ押している自分がいた。
あまり押しすぎて、腫れてきちゃったもんだから、バカである。

しゅんすけの人生は、虫歯との闘争と言っていいほど、
歯医者にはお世話になった。
だいたい4、5年に一回のペースで虫歯が痛み出してたからね。

小学校の時、歯医者が怖くて、何とか歯医者に行くことを避けてて、
学校からも何度も歯医者に行くよう告げられて、
じゃ、帰宅してから覚えてたら行きますよ的にオザナリに答えたら、
ある時授業中にも拘わらず強制的に手を引かれ、歯医者に連れて行かれた。
あの時はマジで驚いた。
え・・・ちょっ・・・って、今授業中じゃないの?!と惑いつつも抵抗するも虚しく
しゅんすけは全く信用されてなかったから、
保健の先生が担任の許可を取って、強制的に歯医者に連れて行くという暴挙に出たんだよね。
いや、ホント、マジで驚いた。
歯医者に行けと言われて、ずっと無視してたしゅんすけがいけないのは分かってたから
さすがに取り乱すことはしなかったけど、その時は死刑執行の宣告でも
受けたかのような気持ちだったね。ついに歯医者の敷居を跨ぐ時が来た・・・と。

あの事件以来、歯医者は大嫌い。
大嫌いだから、行かなくても済むように虫歯にならないようなケアをしているかというと
そんなこともなくて、未だに虫歯に悩まされ、どうにも歯痛に堪えきれなくなると、
連行される死刑囚のごとく、重い足取りで歯医者に予約の電話を入れるのです。
小学校より全然進歩してない。

いや、しゅんすけが進歩しなくてもね、歯科技術が進歩するんだよ。
小学校の歯医者事件のすぐ後に、ニュースでやってたもんな。
「痛みを感じない歯科治療に向けた研究云々」と。
あの時は衝撃のニュースだった。
どんな内容だったか忘れたけど、痛くない治療ってのはスゴイ。
っていうか、この前無理やり歯医者に連行されて痛い思いして損したと思ったね。
でも、ああいう思いは、これからはしなくて済むかもしれない、と。
それから十数年、しゅんすけがこの歳になっても、虫歯を予防できず、
憂鬱な思いで歯医者に行かざるを得なくなるのは
あの時のニュースがいつか実現されるという期待があるのかもしれない。

そして、今日行った歯医者。
痛くなかったんだよね、ほとんど。
いつもと同じように、レントゲン撮って、虫歯の位置を特定し、麻酔打って、ガリガリ削り、
神経を取っちゃって、歯に蓋をして終了だったんだけど、麻酔を打って以降、
かなり力強くガリガリやられたけど、全然痛まなかった。
以前は麻酔を打っても、ちょっと痛かったり、ガリガリの振動がどうも嫌で、
背中にいや〜な汗をかきながら、治療に耐えてたんだよね。
麻酔っても、完全に神経を麻痺させるわけじゃないと、どこかで信用してなかったっていうか。
それが、今回は全然痛くないし、振動もさほど気にならなかった。
相変わらず、開けた口に器具をツッ込んで、ガリガリやるって手法に変化はないんだけど、
麻酔の品質が向上しているのと、何よりこの歯医者、かなり上手いんじゃないかと思った。
あんまり痛くないから、突如襲われる痛みに身構えることなくて、ほとんど別のこと考えてた。
もう床屋で髭剃って貰ってるのと同じ感覚。
この時思ったね。
ついに、痛みを感じない歯科治療は実現されたんだと。
小学生のしゅんすけに報告したいよ。

そんなわけで、しばらく週末は歯医者に通うことになったんだけど、
昔ほど憂鬱ではなくなりました。
これを機に、悪いトコは全部直してもらって、
いろいろコーティングして虫歯になりにくくしてもらっちゃおうかな。
posted by しゅんすけ at 01:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月11日

早く帰れて徒然思ふトコロあり

正月休みの腑抜けた気分が抜けないからか、
いつも遅くまで残業してる会社を17時にて退社。
帰り際に、会社の新年祈願にお参りした山王日枝神社に
去年のお守りなぞお炊き上げに出して、そのまま帰途に就きました。
※今の会社になって、初めて新年祈願に参加させてもらった。
前の会社では、お膳立てはするものの、お偉方が参列するもので、
しゅんすけは立会いさえできなかったからね。
なかなか興味深いよな、神社ってさ。

早くに帰ってきたので、ヨドバシカメラなぞに立ち寄って、
キーボードを購入しました。
しゅんすけの家のパソコンのキーボードって、いわゆるデスクトップパソコン用の
ストロークの長いキーボードなんだけど、前の会社も今の会社も使ってるのは
ノートパソコンなので、どうもタイピングの感覚が違うんだよね。
なので、ノートパソコンっぽいキーボードを購入。
さきこには不評ですが、なかなかいい感じでタイピングできてます。
こういう身の回りのコダワリ商品をゲットできるとウレシイものですね。

そういえば、正月休み中に、愛用のパイプが古くなって、
最近なかなか美味しく吸えないなーってことで、
新しいパイプを購入することも辞さない覚悟で、元町のタバコ屋に行ってみれば、
「これは手入れ不足だね」の言の下、パイプのボウル内をガリガリ削ってくれて、
すっかりカーボンを落としてくれて、
こんなにボウルって大きかったっけってくらいキレイになったパイプでふかしてみると
そうそうこんな味でしたわって感じで美味しく吸えたし、
割と長いこと紫煙を燻らせることができました。
ホントはリーマーを使って、メンテナンスするんだけど、
パイプ吸いには致命的に面倒臭がりなしゅんすけは、手入れもそこそこに
吸い続けてたんだよね。これには反省。
それにしても、店の主人はなかなかいい感じの人でした。
小型掘削機のような機械で、歯医者のように先端の器具を様々に取り替えながら
ガリガリ削ってくれて、その後はまるで親知らずを抜くかのように
超強力リーマーで満身の力を込めて、ゴリゴリ削ってくれた。
しかもタダで。
(さすがに悪いと思って、その日他の店でも購入してたにも拘わらず、
タバコ買っちゃったもんな。ホント感謝、です)
以前タバコを買いに行った時には、客が多かったからか、あまりいい感じの
対応をしてもらえず、なーんかサービス悪いってな印象だったんだけどね。
身の回りのモノがちょこっと変わるだけでも、気持ちがスッキリして、
いい気分になるんだから、ニンゲン単純なものである。
posted by しゅんすけ at 01:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

古畑にゃん三郎

テレビドラマについて、云々書くのは、某フジテレビの「白い巨塔」以来か。
正月のテレビ三昧な毎日で楽しみにしていた某フジテレビの「古畑任三郎」の
録画を今になって全部観た。
正月に3日連続一挙3作品の放送でしたが、それぞれなかなか面白い話しでした。
しゅんすけはこういうの嫌いじゃないな。
っていうか、最近の読む本がこの手の傾向を持ちつつあるトコロを見ると、
好きなんだろうね、やっぱ。
でも、シリーズのファイナルにしては、もう少しツッコんで欲しかったかな。
彼らのその後について、を。

きっと古畑さんはこれからも難事件を解決していくんだろうけど、
それを匂わすエピソードを最後に挿入して、観客の「古畑」像に決着を
つけて欲しかったというか。
もしかしたら、古畑はこの事件を最後に刑事を辞めるかもしれないじゃないですか。
いや、最後には犯人に殺されてしまうのかもしれないじゃないですか。
いやいや、やっぱりこれからも行く先々で難事件に巻き込まれ、
愛用の自転車にまたがって、ちょっとトボけつつ登場し、
独特の口調で犯人を誘導し、見事解決していくのだ。
どちらにしても、最後である以上、何らかの結末が欲しかったな。
これからもう二度と彼がテレビに登場しないのであ・れ・ば・・・んーふっふっふ・・・。
(そういうエピソードがないと、納得できない程度のお子ちゃまなのかもな)

しゅんすけとしては、いつもよりもかなり早い時間に事件を解決して、
最後にちょっとした古畑ストーリーをやってくれると思ってた。
最後の事件にしては、トリックが簡単過ぎたのも、何らかの振りのようだったし、
部下の西園寺くんがかなり真相に迫った推理をしてたのも、
「これからは西園寺くんが難事件を解決します。だから古畑さんはもう現れません」的な
振りのようで、もう古畑が現れないということはどういうこと?死ぬのか?などと
ひとりワクワクしてたんだけどね。
ちょっと拍子抜けしてしまいました。
脚本家の三谷氏の作品は好きなので、古い作品に足を引っ張られてないで、
どんどん新しい作品に手を伸ばして欲しいとは思ってるんだけどね。
なーんか納得しない最後に釈然としない夜は更けていくのでした。
※「白い巨塔」について、過去ログを探ってみたら、
何も記事はありませんでした。あれだけ毎週楽しみにしてて、
「今日はドラマを見るので、定時で帰ります」と嘯き、職場のヒンシュクを買っていたほど
のめりこんだテレビドラマだったのにね。
posted by しゅんすけ at 01:01| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月09日

味のある夕陽と映画

3連休中日の今日は、昼過ぎまで悶々としてましたが、
思い立って海に行くことにしました。
寒いとは言え、昼間の海はいいね。

正月休みも終わった休日なので、さすがに鎌倉までの道が混んでるとは
思ってなくて、いつも夕方まで大渋滞になる朝比奈からのアプローチを
今日は敢えて攻めてみた。
環状4号から朝比奈峠の上り坂になった途端にクルマの長蛇の列にハマってしまい、
1時間くらい抜け出せなかった。
鎌倉への道は、どれも渋滞だったみたい。
遅ればせの初詣か?
途中から逗子へ抜ける道路に入って、何とか渋滞から抜け出した。
16時ちょっと前。
夕陽には間に合ったかな。
雲ひとつない空に太陽が沈んでいくのも、キレイだけど、
雲が微妙な味わいを出す今日のような夕陽もいいね。
SN320044.jpg

帰宅後に正月休みに観ようと思い借りてきてそのままになっちゃったDVDを観た。
「ニュー・シネマ・パラダイス」
いや、いい映画でした。
どこが?と聞かれるとちょっと困るけど、多分観終わった後の何となくいい気分が
観慣れたハリウッド映画の分かりやすさと断然違う部分なんだろうな。
こういう雰囲気の映画っていいね。
人生、映画のように簡単にはいかないんだよってことだね。
数々の台詞や小道具が、時間を越えてちゃんと役として立っているのが
面白いし、それが、いろんな解釈を与えてくれるような感じでした。
う〜ん、こういう映画がいい映画というヤツでしょうか。
しゅんすけとしては、一昔前の日本映画に通じる雰囲気を持ってると思った。
いろいろあった自分の人生、熱い時代もあったけど、今は今を淡々と生きていて
かつて人生を決定付けるような事件の歯車は、実はちょっとの齟齬でしかなくて、
それが今ハッキリ分かったけど、だからと言って、今ではもうどうしようもないこと。
もうあの頃には戻れないけど、
ただ、最後にお預けにしていたラブシーンを全部一遍に観せてあげよう。
人生、アモーレばかりじゃ、ツマラナイじゃないの。

※映画の題名は知りつつも、観たことがなかったんだけど、
吹奏楽の楽団で演奏したことがある。
叙情的ないい楽曲だったな。
最近、某生命保険のCMに流れてるけど、好きな曲です。
でも、映画では、吹奏楽の楽曲で後半盛り上がるフレーズが一回も出てこなかった。
あれはアレンジだったのか?
ちなみに、イタリア映画なのに、チンクェチェントが一度しか出てこなくて残念。
(ちょっと期待して、クルマの出るシーンは、画面に映るクルマを全部チェックしてたのにな)
posted by しゅんすけ at 00:39| Comment(0) | TrackBack(2) | 映画鑑賞文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月08日

新ブログ「シュンスケニウムの原子量」開始!

2006年1月からブログにて日記を更新します。
よろしくお願いします!
posted by しゅんすけ at 02:59| Comment(1) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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