2006年02月19日

「雲の向こう、約束の場所」

体調が復活していないので、さきこをジムに送ってから
ツタヤでなんかビデオでもないかなーって探してると、
別に狙ってたわけじゃないけど、アニメコーナーへ。
う〜ん、なんか何にも考えなくて済みそうな軽い映画でも
観たかったんだけど、ふと手にしたビデオを
何気に借りてみてみる。

「雲の向こう、約束の場所」
最近のアニメは、いろいろと手が込んでて、
一昔前のアニメ時代のしゅんすけには、
高尚過ぎてよう分からんものも多いわけなんだけどね。

このアニメはなかなか分かりやすかったかな。
動きも悪くなかったし、世界観もしっかりしてて、
CG的な透過光の描写が鼻についたけど、好きだね、こういうアニメ。
ストーリー的には、昔々の「オネアミスの翼」を彷彿とさせる感じで
仮想日本の風景が新鮮で良かった。
(でも、どこまでも続いくような草原に打ち捨てられた廃駅の構図は
青森というよりも北海道だよな。最初、どこの話か分からなかった)
仮想日本の話しは最近流行りのようで、某マンガも北海道を舞台にして
戦争に飲み込まれる展開を、他人事のような客観的視点で捉えたのがあったな。
あのマンガは、北海道弁を多用してて、それが日常と非日常・戦争の対比を
明確にしてたように思うけど、今回のアニメでは、青森の中学生の話しのくせに
全然ズーズー弁でないのが、リアリティを阻害してるように感じた。
いや、あんなキレイな景色でズーズー弁とかありえないけど、
そう考えれば、別に青森の話しでなくても、あの「塔」が北海道になくても
全然構わないことになっちゃうわけで、
考えてみれば、叙情的シーンのツギハギのような感じもしなくなく、
ストーリーとしては面白かったけど、
一体アレはなんだったの?とのツッコみも禁じえない部分もある。
調和とミスマッチを融合したような特殊な叙情的風景と、
少年の夢(おいおい)のベクトルだけがあって、観客はいつもスタート地点と
向かうべき方角だけ提示されて、実際その方向へは一歩も進めず、
クライマックスでやっとベクトルの差す方角へ踏み出せば、
そこには何の説明もない結果だけがあり、さらにその先へ無理やり引っ張られて、
結末にはやっぱり叙情的風景に戻るという、なんだかなな展開ではあった。
例えて言うと、イタリアの山奥まで決死の覚悟でボルシチを探しに行く探険家の
苦悩や喜びを描き、台所でいざ調理となったら、物凄い早送りで調理が展開し、
物凄い勢いで食べ終わり、最後にボルシチを食べ終わり満足げな探険家の姿。
どんな料理だったのか、美味かったのかなんてお構いなしで、
スタートと結果だけが提示されるという変な話し。(変な例えだ)

でも、若い頃ってさ、そういう停滞と躍進みたいな理屈じゃない成長みたいのって
分かりにくいようで分かるような感じがするんだよね。
しゅんすけの読み取りの悪さなのか、物凄く微妙な心理の展開を描いているような。
一種文学的と言ったら、言い過ぎかな。
だから、話しとしては不完全でもなぜか共感してしまうしゅんすけなのでした。
有無を言わさず、共感をもぎ取るような映画ってのも、面白いよね。

話しの展開の仕方は、しゅんすけが余り経験したことのないものだったので、
かなり新鮮でした。いや、新鮮なだけで満足してるのかもな。

でも、いいや、気持ち良かったから。
いや、若いゆえの根拠のない期待感っていうか・・・若いって・・・イイネ。
posted by しゅんすけ at 22:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画鑑賞文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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